誰かのために頑張ること

誰かのために頑張れなかった私は、誰かのために頑張るには私が私を大切にしなきゃいけないことに気がつきました。仕事人間だったので家庭での記憶が所々抜けています。もう忘れないように日々を記録します。

損か得かを考えたら、得なほうがイイに決まってる。
結局自分に返ってくるなら、誰かのために頑張ろうかな…と、自己中に尽くす主婦のブログ。

医王寺


この写真を撮影している時は「たまたま寄ったお寺」くらいにしか思っていなかった。


福島市天然記念物 シラカシ



本堂


医王寺は平安時代(826年)弘法大師によって開かれた。

十二世紀頃、この地方一帯は佐藤基治が治めており、この寺を一族の菩提寺にしたとされている。


ちょうどその頃、源義経が平家打倒を掲げて立ち上がったため、佐藤基治は息子の継信と忠信を義経の従者として遣わした。


兄弟は義経に忠義を尽くして各地で大活躍したが、ともに義経を守って命を落としたのだ。


義経は平泉に逃げる途中にわざわざ基治のもとに立ち寄り、兄弟の追悼の法要を営んだといわれている。


義経・継信・忠信の像 「義経公主従像」


我が子ふたりを失った母 乙和御前の悲しみは深かった。


継信には若桜、忠信には楓という妻がいた。

ふたりの妻は亡くなった夫の冥福を祈る日々を送っていたが、母の心中を察し自分自身の悲しみを抑え甲冑を身につけ勇姿を装い、母の心を癒したそうだ。


乙和の椿

~ 咲かで落つ椿よ 西の空かなし ~ (黙翁)


松尾芭蕉は1689年「おくのほそ道」の行脚の途中この地を訪れ、佐藤一族の戦いやふたりの妻たちの話に涙し一句を残した、という話は有名らしい。


私は何も知らずにこのお寺を訪れたが、ゆかりの宝物や展示物などで縁起を知ることができた。


特に、乙和・若桜・楓の心境を想像すると心が痛み涙がこぼれた。

たまたま寄ったお寺は、佐藤一族の歴史を今に伝える医王寺というお寺だった。


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